2014年12月25日木曜日

アルフォンス・ドーデ 『プチ・ショーズ ある少年の物語』


 家の没落によって一家離散になるまでにダニエルは、工場という遊び場で自身の冒険心を成長させる。そこでダニエルはロビンソン・クルーソーになった。前向きで、それでいて激しい感情は溢れ出し、どんなに辛いことに出くわしても自分を振るい立たせ新しい道のりを歩もうとする人間に。ダニエルには多くの不幸が降りかかる。兄の死や、苛め、人の裏切り、借金など。涙を流しながら、それでも挫けそうな足を踏み出す。平坦ではない道。逃げ出したい気持ち。しかし、逃げ出す場所もない。寒くとも、暖めてくれる者も人も近くにはいない。

 ダニエルが生徒監督としてサルランドの中学校へ赴任した先に出会うバムバンにリヨン時代の自分を見つける場面がある。嫌われた自分を自ら嫌ってバムバンを排した。はげちょろの小さなブラウス。自分が着ていたものと同じブラウス。それは、チビ公と呼ばれ、同級生から軽蔑され、教師に嫌われたかつての自分だった。どこか心の奥底で消せることができなかったトラウマにバムバンが手を差し伸べ引きあげてくれた。「人生における無上の幸福は自分が愛されているという確信である」というヴィクトル・ユーゴーの言葉があるが、人間は自分が愛されて初めて自分を愛せる。愛されない自分をどうして自分自身が愛することができよう。少年時代に人から嫌われた記憶は痛々しい傷を残しなかなか癒えてはくれない。バムバンを愛することで、やっと過去の自分を、少年の頃の自分を全て愛して、そしてダニエルは心の幸せを得ることができた。

 ダニエルを支え励ました母さんジャックは、決してダニエルを見放さなかった。ダニエルの才能を見出し、ダニエル自身も自分の詩の才を育て上げる。愛に魅了し女性によって翻弄されて暗闇に放りだされるダニエルを、そこから救い出してくれたのは母さんジャックだった。


世の中には幸福は一つしかない、他人を幸福にすること。(301項1行目)


 一人では幸せは得ることはできない。もしそれが「幸せ」と感じているならそれは空虚なものだろう。挫折し、逃げ出した子供を愛しい想いで見つけ出した母さんジャックは、ダニエルを包み込んだ。

 人間は弱い。今は逃げ出そうと思えば逃げ出せるし、隠れようと思えば簡単にできる。ダニエルは逃げ出してしまったが、けして周りのものを捨て去って逃げたのではない。家族への想いは彼の少年時代の悲しい体験から、人一倍大きいものだと思う。どうにかしなければいけない、けれどもどうにもできない。苦しみの念に溺れながらも戦う。そんな感情に暖かい水を注いでくれるのは、出会って来た沢山の愛すべき人だ。「黒い瞳」にジェルマール神父。母さんジャックは勿論のことムッシュウ・エーセットやマダム・エーセット。

 ダニエルの少年時代はダニエルを冒険家に育て上げた。喜びも悲しみも沢山味わって必死に舵をとり大海原へと航海する。最後に成功を収めたダニエルは、続いて未来を航海し進んでいく。ずっと先は分からないけれど、それは少年だったダニエルの時から代わらないもの。かつて少年時代に見つけたもので前へ、未来へ進んでいくのだろうと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿